名古屋高等裁判所 昭和48年(ネ)258号 判決 1974年3月29日
控訴人 前田賢助
<ほか二名>
右三名訴訟代理人弁護士 山田幸彦
被控訴人 大阪市信用金庫
右代表者代表理事 美並竹次
右訴訟代理人弁護士 堂下芳一
服部明義
主文
原判決を取消す。
被控訴人が訴外前田豊幸に対する大阪地方裁判所昭和四六年(ワ)第八五〇号約束手形金請求事件の判決の執行力ある正本に基づき、昭和四六年一一月一七日に原判決添付別紙目緑記載の物件についてなした強制執行はこれを許さない。
訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。
本件について津地方裁判所伊勢支部が昭和四六年一二月四日になした強制執行停止決定はこれを認可する。
前項に限り、仮に執行することができる。
事実
控訴人ら訴訟代理人は、主文第一ないし第三項同旨の判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張および証拠の提出・援用・認否は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同じであるから、これを引用する。
(控訴人らの主張)
一 即時取得について定める民法一九二条の趣旨は、動産につき相手方の占有に信頼を置いて取引をなした者に対し法的保護を与えようとするものであるから、取得した側の占有の形態いかんによりその適用を区別すべき理由はない。すなわち、当該動産の譲受人が占有改定をした場合にも即時取得は成立するものと解すべきである。
二 訴外前田豊幸は本件物件を控訴人らに譲渡する旨の契約をなし、同時に控訴人らから右物件の貸与を受けてこれを直接占有している。したがって、控訴人らは本件物件のすべてにつき占有改定による間接占有を有するものである。しかして、間接占有者も占有権を有しこれを第三者異議の原因として主張しうることは当然であり、このことは本権の有無によって左右されるものではない。
よって、控訴人らは本件物件の全部につき占有権を原因として強制執行の排除を求めうるものである。
(被控訴人の主張)
控訴人の主張は争う。
本件物件につき訴外前田豊幸と控訴人らとの間でなされた譲渡担保設定契約は、通謀虚偽表示または処分権限なき者による契約として無効であり、また控訴人らにつき即時取得も成立しない。しかして、実体上の原因なくして本件物件の占有のみ控訴人らに移転するいわれはない。よって、控訴人らの占有権に基づく主張は失当である。 (証拠関係)≪省略≫
理由
一 被控訴人が、訴外前田豊幸に対する大阪地方裁判所昭和四六年(ワ)第八五〇号約束手形金請求事件の判決の執行力ある正本に基づいて、昭和四六年一一月一七日原判決添付別紙目緑記載の物件(以下本件物件という。)に対し差押をなしたことは、当事者間に争いがない。
二 控訴人らは、本件物件につき譲渡担保権の設定を受けて所有権を収得したと主張する。しかして、譲渡担保の目的物になされた強制執行に対し譲渡担保権者が第三者異議の訴を提起して執行の不許を求めうるかについては、問題の存するところであるが、本件においては、控訴人らの譲渡担保権に基づく請求はいずれにしても理由がないものと考えられる。その理由は、原判決七枚目裏六行目から九枚目裏末行までに説示するところと同じであるから、右記載をここに引用する。
三 控訴人らは本件物件につき即時取得により所有権を取得したと主張するが、当裁判所も原審と同様、右主張は理由がないものと判断する。その理由は、この点に関する原判決の理由説示(原判決一〇枚目表冒頭から同裏三行目まで)と同一であるから、これを引用する。
四 控訴人らは、本件物件につき占有権(間接占有)を有するから、これに基づき強制執行の不許を求めうるものであると主張するので、この点について判断する。
1 ≪証拠省略≫によると、訴外前田豊幸は、メリヤス製造業を営む者であったところ、昭和四四年ごろから営業状態が思わしくなくなったうえ工場の建築費等の支払に窮したため、他から融資を受ける必要を生じたこと、そこで、同人は昭和四五年に至り、控訴人前田賢助(豊幸の叔父の妻の兄で建築業を営む。)、同前田清夫(右賢助の兄の子で左官業を営む。)、同平石鉄司(豊幸の父の弟の子で鉄工所を経営する。)の三名から数回に分けて金員を借受け、昭和四六年一月ごろまでにその総額は二一三二万円に達したこと、控訴人らは右貸金については六か月位後に返済を受けるという程度の約束のもとに、豊幸の父の資力を信用して担保も徴せずに貸与したものであるが、その後催促を重ねても返済を受けられないまま日を過したため、昭和四六年一月末ごろになって、豊幸方の工場に設置してあったメリヤス編機、糸くり機等の機械類を担保に入れるよう要求したこと、そこで同年二月二二日、豊幸および控訴人ら三名の合意のもとに、三重県志摩郡磯部町山田九二七番地前田並男居宅(豊幸経営の工場)内の物件につき譲渡担保を設定する旨の契約をし、その旨の公正証書を作成したこと、本件物件はいずれも右譲渡担保に供された物件に含まれていること、しかして、右の物件は工場内に設置したまま豊幸が借受けていたが、同人の倒産後は同人の弟が右工場を引継いで経営にあたっていること以上の事実が認められ、この認定を左右しうる証拠はない。
被控訴人は、右譲渡担保設定契約は通謀虚偽表示であると主張するが、本件全証拠によるも右事実を認めることができない。
右事実関係によれば、控訴人らは、本件物件につき訴外前田豊幸から譲渡担保の設定を受けるとともに占有改定によりその引渡を受け、以後間接占有を有することが明らかである。
2 動産につき間接占有を有する者も、他人に対する債務名義に基づく強制執行に対しては、占有の侵害を受忍すべき理由のないかぎり、占有権に基づき第三者異議の訴を提起し執行の不許を求めることができると解すべきである。被控訴人は、本件物件につき実体上の原因なくして占有のみ控訴人らに移転するものではないと主張するが、第三者異議の原因たる占有権は対抗しうる本権に基づくものであることを要しないものである。控訴人らは、前記のとおり、本件物件について譲渡担保設定契約(通謀虚偽表示とは認められない。)に基づき占有改定により占有権(間接占有)を取得したものであるから、右占有権に基づき、冒頭掲記の強制執行に対して第三者異議の訴によりその不許を求めることができるものというべきである。しかして、控訴人らが、本件物件に対する譲渡担保権の設定をもって被控訴人に対抗し得ないことは既に述べたとおりである(原判決理由参照)が、これより、占有権をもってその原因とする控訴人らの第三者異議の訴が排斥されるものでないことは当然である。
五 以上の次第で、本件物件について占有権に基づき前記強制執行の不許を求める控訴人らの本訴請求は理由があるから、正当としてこれを認容すべきである。
よって、これと異なる原判決を取消すこととし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を、強制執行停止決定の認可およびその仮執行の宣言につき同法五四九条、五四八条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宮本聖司 裁判官 川端浩 裁判官新村正人は差支えのため署名捺印することができない。裁判長裁判官 宮本聖司)